ある日Jiraudに行った際、福田さん以外にもう一人男性がいらっしゃった。
サングラスをしていて少し怖い雰囲気だったのでドギマギしていると、福田さんが話しかけてくれた。
「蓮池くんどうしたの?」
「あ、楽器の調子を見てもらいたくて…」
そう言って楽器ケースを開ける。
ケースの中にはEuclidと、買ったばかりのチューナーが入っていた。
このチューナーはミュートスイッチ付き。
今では一般的な仕様になっているが、当時としては画期的な商品である。
すると男性が話しかけてきた。
「お!いいね。そのチューナー。」
「はい。ライブ中音を出さずにチューニングできるのでとても便利です。」
得意げに答えたのだが次の瞬間、思いもよらぬ言葉を投げかけられた。
「でもそのチューナー音悪いんだよな。」
…え!?
せっかく頑張って買ったのに音が悪いなんて…
というか知ってるんだったら良いねとか言わないでよ…
正直ちょっとムッとした蓮池。
その後男性は福田さんと少し言葉を交わし、店を出て行った。
そして福田さんが声をかけてくれた。
「蓮池くん、あの人知ってる?」
「いえ、全然知らないです。」
「あの人は江藤勲さんといって、昭和のヒット曲で沢山ベースを弾いた人なんだよ。」
「え?そうなんですか?」
その後も江藤さんとは何度かお店でお会いしたのだが、ある日を境にすごい人に出会っていたことに気づいた。
レジェンドベーシスト
江藤勲さんと聞いてピンと来る方もいるのではないだろうか。
ブルー・ライト・ヨコハマ、伊勢崎町ブルース、長崎は今日も雨だったなどをはじめとする、昭和の名曲でベースを弾かれた方だ。
太くカチカチというサウンドが印象的で、フレーズにファンクやソウルも感じさせてくれる。
19歳の当時はよくわかっていなかったが、プロになってから江藤さんの名演を改めて掘り、すごい方とお会いしていたものだと震えた(笑)
僕の記憶の中で一番印象に残っている江藤サウンドは「昆虫物語みなしごハッチ」というアニメのオープニングテーマである。
幼少期大好きだったアニメなのだが、オープニングの曲にカチカチした音が入っていたことを覚えていた。
もちろん当時はベースという楽器なんて知らずに聴いていたのだが、独特なサウンドの正体が江藤さんのベースだと知ってびっくりした。
ちなみに「サザエさん」のオープニングテーマなんかも江藤さんの名演のひとつだったりする。
江藤サウンドの正体
いつだったか福田さんと話をしていたときに、江藤さんの名前が出たことがある。
「この前、江藤さんと共演したんだけど、「昔のカチカチしたサウンドって、ピックを使ってピックアップに弦を叩きつけるように演奏してるんじゃないですか?」って聞いたら、ニヤッとしながら「よくわかったね」って言ってたよ。結局江藤さんはピックを使った縦振動のタッチで演奏してたんだよね。」
なるほど。と僕も合点がいった。
「当時のハイやローが出ない楽器でいかに良いサウンドを出すか追求して、ああいう弾き方になったんだろうね。テレビで流れるというのも計算していたんだと思うよ。」
音色というのは結局、プレイヤー次第なんだなと改めて感じた瞬間だった。
ジャッキー吉川さんとの話
僕は、ブルーコメッツのドラマーである故・ジャッキー吉川さんのライブサポートを何度かさせていただいたことがあるのだが、そのときジャッキーさんと話をしていて、江藤さんの名前が出た。
「蓮池くんは江藤勲を知ってるの?」
「はい、何度か楽器屋さんでお話ししたことがあります。」
「江藤、本当はブルーコメッツに入る予定だったんだよ。」
「えー!そうだったんですか?」
「そう。ブルーコメッツ初期のレコーディングも何曲か江藤が弾いてる。彼は抜群に上手かったからね。結局メンバーにはならなかったんだけど。」
昭和の音楽シーンを垣間見ることができて少し震えた。
ファーストコールベーシストとして活躍された江藤さん。
2015年にお亡くなりになられたが、いまだに尊敬の念をもって彼が残したプレイに浸っている。
そして買ったばかりのチューナーをけなされた件も、今ではとても良い思い出である(笑)