中学校を卒業した春休み、生活に少しだけ変化があった。
新しいベースを買う為に某ラーメン屋でアルバイトを始めたのだ。
狙っていたのはKillerというメーカーのCrossというモデルで、XのTaijiさんシグネーチャーモデルのベース。
確か10万円くらいだったと思うが、当時のお小遣いでは買える代物ではなかったので、親に内緒でこっそりアルバイトをすることにしたのだ。
しかし進学予定の高校はアルバイト禁止。そしてすぐ両親にバレてしまう事になる。
それまで19時までには必ず帰宅していた15歳の子供が22時頃帰宅するようになったのだから、今考えると当たり前の話だ。
母を泣かせた日
「真治、あんたぁ今までどこ行っとったんね?」
「別に」
「別にじゃなくて、何しよったんか教えてぇや。」
アルバイトから帰宅した蓮池少年に、母が詰め寄った。
「何で言わんにゃあいけんのん。」
「なんでって、皆心配しとるけぇよ。」
「いや、関係ないじゃろ。」
15歳の蓮池少年は反抗期の真っ只中。母の問いに対して冷たい態度をとる。
「関係なくないわいねぇ。」
「なんでや、関係ないじゃろぅがい。」
「皆心配しとるんじゃって。頼むけぇ言うてぇや。」
「関係ないわい!」
めんどくさそうに返事を返す蓮池少年。その時、
「関係なくない!!!」
突然母は声を荒げた。
「関係なくない。。」
母の目から涙がこぼれた。
母の涙。
正直驚いた。
今まで何度となく喧嘩はしたが、涙を見たのは初めてだったからである。
両親のこと
蓮池の父はサラリーマン、母は小学校の教師であった。
母は貧乏の出で、かなり苦労しながら大学へ行き、教師になったようだ。
父は戦後の混乱期に生まれたが、母(蓮池少年の祖母)は教師、祖父祖母も教師、父(蓮池少年の祖父)は銀行員という、聞いただけで身震いする家に育った(笑)。
そして、東京の大学・大学院を出て広島へ帰り、某有名企業に勤めていた。
しかもビックリな事に、高校時代の恩師の娘である母と結婚したのである(おとん、やるな(笑))。
そんな両親の子育ての理念は、
「贅沢はさせないが、教育はしっかり受けさせる」
というものだった。
簡単に言うと、かなり真面目でしっかりした両親である。
しかし、押し付け型のいわゆる教育ママ・パパという訳ではなかった。
子供達がやりたいという勉強をトコトンやらせるというスタイル。
今思い返しても、非の打ち所がない。
両親の言う事は、常に正しかった。
ただ、あまりに出来すぎた両親であったせいか、蓮池少年は若干の息苦しさを感じていた。
今思うと、両親のように立派な人間にならなければならないと、勝手にプレッシャーを感じていたのかもしれない。
贅沢でバカな話である。
仏間での話し合い
さて、非常に真面目な母は、常に子供達の事を考えながら育ててきたのに、自分の想像を遥かに超える反抗をする息子相手にどうして良いか分からなくなったようであった。
泣き崩れる母に呆然とする息子。
そこへ父が帰って来た。
異様な空気を察知した父。
「2人とも、仏壇の部屋行こうか。」
蓮池家では、何か真面目な話もしくは説教事があると、必ず仏壇の前で話し合いが行われるのである。
「お母さん、まあ落ち着きんさい。真治、何があったんや?」
落ち着いたトーンで息子に語りかける。
そして、父、母、ご先祖様の視線が、蓮池少年をとうとう観念させた。
「…わし、新しいベースが欲しくて、バイト初めたんじゃ。」
「バイトって、何のバイトね?」
「ラーメン屋。」
鞄からアルバイトマニュアルを出し、両親に手渡した。
「ほうか。あんたぁ、高校はバイト禁止じゃろ。どうするんや?」
「禁止じゃろうが、わしはバイトがしたいんよ。もし何か言われたら責任とる。」
「(笑)。責任ってなんや?」
「…とにかく、反対されようが何言われようが、もうすでに始めた事じゃけぇ、わしはやるけぇ!」
「ちょっと待て。わしがいつ反対じゃぁ言うたんや?」
「…」
「今回お前の問題はの、わしらにちゃんと相談せずにバイトを始めた事で。」
「…ほいでも言うたら反対するじゃん。」
「じゃけぇ、反対じゃって言うとらんじゃん。しかも責任とるって、今のお前には何の責任も取れんので?」
「…」
「まあとにかく良かった。わしもお母さんも、何か悪い事に誘われとんじゃないかって心配しとったんで。」
「そんな事…で、バイトはええん?」
「正直学校で禁止されとる事じゃけぇ両手上げて賛成出来んが、やりたいんか?」
「うん。」
「まあ、一度始めた事は最後までせんにゃあいけんし、とりあえずやるだけやってみい。それでええかね?お母さん?」
「…うちは…正直反対じゃけど、とりあえず何しとるか分かって安心はした。」
「ほうじゃね。まあとにかく真治、これからは何かある時は、わしとお母さんに相談するんで?お前がなんぼ責任とる言うても、お前にはまだ責任取れんのじゃけぇ(笑)。」
「分かった。」
「あともうお母さん泣かすなよ(笑)。」
「いや、それは分からん。」
(笑)
こうして、蓮池少年のバイトは半分許可された。
そして自分の意見は通ったが、なんか負けた気がした蓮池少年であった。
親は偉大である。
つづく